七月十八日夜 御山に参詣して
秋の月 葉ごしに拝む 山路かな
能人の言、大井川の山奥に、大輪の牡丹咲て、天に伝染り、 雲に紅粉を流といふ、今度遠地の翁に尋に、大水出し時、
花びらの流るゝを見るといへ共、見たる人もなし、天龍の山深き所に、 京丸といふ隠れ里有り、故有る御すへのよし、其京丸のまだ奥の、
ずっと奥の谷間、其色白し一輪に咲、千丈の半ぷくにして、 翼無ては見分けがたし、
大方は、数万の花の一ツに見へて大輪ト言、是成るべし
京丸へ 人毎にとふつあふみに
いくつ越しけん 咲牡丹ヤッぱり
雲の峯 花の高いところか
むかし〜のぢゝいとばゝアがはなしに、 丹波の国のしっぺい太郎にこの事かならずさたするな、 どんつく〜どんと、おばけがおどっていたを、 野宿したろくぶがきいて、人身御供の出るむらへいって、 おやたちにくわしくはなし、夫より丹波の国へ行、 しっぺい太郎をさがすに、人にあらず、 大きな犬をつれて、またそのむらにかへり、 人身御供のこしへ入レ、おなじこしへおのれも入り、 山深きやしろへ行キ、夜がふけると、なまぐさきかぜが吹と、 かのこしをやぶると、中よりかのしっぺい太郎が出て、お化とくみ合、 ろくぶもかせいして、とふ〜しっぺい太郎が勝て、 お化をたいじしたといふ事は、三ツ子もしってはいるが、 見るははじめて、この御社にとしふるたぬき住て、人を喰ふわざわいをさりて、 草も木もみなあふきみの国とはなりぬ、これもひとへにこの御社の御つげ成べし、 比佐摩利天神 てんじんとにごらず、てんしんと奉申上也
夜の人、ヤナヒメノてんしんとおぼへしも有り、
御祭礼の当日、入らせ給ふ御旅所こそ惣社にて、
ヤナヒメノ神社と奉申上、遠見付の町数二十四五町にして、上方を西坂、江戸の方を東坂といふ、 両方の坂の間を見付也、この東坂のうしろノ山の上が、右の比佐摩利の御社也、 町中の宮を惣社ヤナヒメノ神社也、御祭礼当日八月十日也、 八月七日夜、氏子供水ごりにて牛みつに御社へ行、 この時、町中燈しをけし、拝すものは門に出て拝す、 家内は無言にしてまつ、氏子はゑぼし白丁にて行、 御社より榊をかつぎ、真の闇に山を平地の如くかけおりる、 少しもけがなし、氏子のかたのいたく成る時、榊を町中へおりしやすむ、 又かき上る時、榊の枝をおりてしるしにさし置、御酒所この所へ建る也、 夫より十日のくれ六ツより祭礼はじまる、 宵の賑わい、町々のまんど、江戸の出し也、氏子の若イ衆、まんどをもちぞめく、 大キサ二間半也、燈籠也、高サ壱丈八尺程、人形台共あんどう三間程、 高サ同断、この外おもひ〜の細工のもの、さまざまのこのみ方、 町はゞいっぱいの大どうろふ、いづれもあかり入り数しれず、 この出しに付ク人、凡一本に八九十人ぐらひ
氏子の形り、一むかしの手遊び、すごく坊ずのすがた也、 水ごり取、さらし切立、ふどし(ふんどし)、こしにあらなわ大七五三ヲまく、 是は人のよりつかれぬよふにして、この如くくみ合ふて、よんヤサもんヤサ〜〜〜といふ、 すまい(すもう)にあらず、一髪結たるもあり、其まゝもあり、 宵のうち東西行違ひ、おの〜如件、町々の御神燈、右のまんどあかり入、家々の賑ひ天をこがす如し、 夫より町々遊びてのち、御社に入てくみ合、よんやサアもんやサアとくみ合ふ、 是を鬼おどりといふ
いみぶくあるもの、八月七日より三里ヲはなれて住む、
夫人、月のさわりも右同断也
夜の九ツ迄右之賑ひ、九ツの鐘をあいづとして、 一番手といふしらせ、御社より御仮家に来る、是より次第〜に家々の仕度、 町中は近村の人々軒下ニ満々として、 町巾せまく、八ツの断をあいづに、家々あかりをけし闇と成る、 この時、門弟宗六郎かづらや友吉、同道にて御山に登る、 ま事に真の闇也、社内の人々、右之形りにて、二番手三番手と段々に坂をかけおりる、 シッ〜といふ、是は犬をはろふ例也、数多の人、口々にいふゆへあり、 ものすごく、坂より半町程上に、一の鳥居有り、松並木所々木燈籠有り、 御社より御こし出る両わき、白丁三間だいまつをかつぎ、 この真先に太刀かつぎ、この太刀一番のせうぶ、かたなの大キサ、 白丁ゑぼし也、神主様装束冠りニタ方共、跡供、大太刀ハ二振也、 右の御こし御社に出ると、明星様程の光にて、御こしの家根へ上天より下る、 是を拝す、代々所の衆にも是を心得ぬよし、とくと聞合候得共、 老人にもわきまへぬよし、跡々のものがたり、 さすれば、同道の両人、われらのみにて拝し候事、 難有き仕合と、この御神のあらたか成るを尊ふむべし、 一の鳥居迄御ねり、こゝにて両たいまつをふみけす、是より又の闇となり、御こしをかき、山坂をかけをりる、 数多のあし音、天にひゞけ、おそろしくもありがたし、 御仮屋に御こし納る、又々宵の如く、町々の御神燈、家々にもあかしを照す
宵に、氏子の素はだかにて、くみ合ていふ、
ヨンヤサアモンヤサア〜〜〜〜〜〜〜〜
昔、人身御供の上り頃、神主の子によんね・もんねといふ二人の子有、 二人り共、行かたしれず、まさに其暮に失ふ、親たるもの、きちがいの如く、 神事の日夜、よんねア、もんねアとたづねしに、二人りの子供無事に家に帰りしも、 まったく天神の加護難有く、ヨンヤサモンヤサノ古例是也
カノ古狸、丹波の国のしっぺい太郎、たがいにきばをならし、 くい合死たるハ、見付の駅より5里山深き所也、
一ツの宮有り、しっぺい太郎をまつりし也
翌十一日、昼時迄御仮家にまし〜、日の八ツ時に御社へ御帰り有り、 目出度御祭礼納る
難有や 尊ふやナア 今の代は
人の身御くろふ 神に願ひて
祭礼や はだか例儀も 腰の七五三
秋葉御祭礼 駒ケ嶽の汐干
浜の鳴音 東西にて晴雨有り 浜の砂山峠 風により東西に成る
京丸の牡丹 袋井片葉の葭
新居御祭礼 小石の神事 外にさくらが池の神事 秋の彼岸中日
右はつれづれの物語に御達致し候
天保三 壬辰
八月十五日
夜雨庵白猿
(7世 市川団十郎)
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