〔難病との出会い〕

 24歳で初めてこの難病の予感を感じたのは、 実はスキーをしている最中でした。 妙にストックが握りにくい。それが実はこの進行性筋ジストロフィーという、 まあ、死刑宣告に近いものの初めての予感だったんです。

 そこからは速かったです。 気が付けば足先が妙に冷える。 気が付けばあれだけ強かった握力が落ちている。 そして気が付けば走れなくなって、 気が付けば妙な歩き方をするようになっている。

 そして26歳の時、国立病院で精密検査を受けたところ、 日本で非常に珍しい筋ジストロフィーの一種だと言われました。 愕然としました。 そして、医者は僕にこう言ったんです。

「春山さん、半年ほど入院してもらえませんか。」

 愕然としている僕に、治療法は無い、リハビリテーションは無い、 進行は止められない、 やがて、僕の呼吸筋と心臓を止める、そんな事を言われた後に、 愕然としている僕に、 半年ほど入院してくれませんか。

 僕はハイと答えたんですね。 ところがハイと答ながら、 治療方法無いんでしょ、 薬無いんでしょ、 原因も分らないんでしょ、 進行を止める事も出来ない、 ましてリハビリテーションも無いのに、 どういう目的で入院するのかなと思ったんです。
 そして、どういう目的で入院するんですかと聞きましたところ、 お医者さん達は色めき立ってたんですね。 僕の筋ジストロフィーは、日本では非常に発症例が少ないタイプらしいんです。 まだ、100例ぐらいしか見つかっていない。 北ヨーロッパで多いタイプらしいんですね。 遺伝性も無ければ原因も分らない。 そして医者はこう言いました。

「春山さん、とんでもない宝くじに当ったようなものですよ。」

 こんな宝くじ当ってもね、嬉しくも何とも有りません。 そしてこうも言ったんです。

「いやー、本当に綺麗な筋ジスなんですよ。」

 綺麗な筋ジスなんて言われてもですね、 嬉しくも何ともありません。 そして、非常に珍しいタイプなので、 克明な検査をさしてもらいたいと言うんです。 まるで珍しい蝶々が見つかったみたいに、 医者達は喜んでたんです。 そして僕は、ハイ、と答ながら、怒りが込み上げて来ました。 そして、はっきり僕は申上げました。

「お断りや」

 お前達医者のモルモットになって一生終る積もりは無い。 あなた方にとっては面白いサンプルの一つか分らないけれど、 僕にとっては一生一回の人生というレースなんだ。 まして、26歳で、僕はもう小さな会社の旗揚げをしておりました。 それも、不動産という現場で、生き馬の目を抜くという この不動産という現場で身を起し、 まだまだ会社も小さかったのです。
 そんな時に、健康な人だって、6ヶ月も入院し、 ビジネスの世界から身を引くと、 もうノーチャンスに近いんですね。 僕にはこれは死刑宣告に聞こえました。

「只、春山さん、間も無く車椅子になりますよ」

と言われたので、

「お断りだ、僕はもう自分で…する」

と言って、

「お前達のモルモットになって終わってたまるものか」

と言って病院を後にしました。 真っ暗な暗闇の海に、誰も頼れず、 たった一人で船を出すようなものでした。




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