〔結婚…再び病院へ…〕
幸いにと言いますか、皮肉にと言いますか、
自分の足で歩いた最後の旅行は新婚旅行になってしまいました。
実は、立てばまだ歩けました。
ただ自分で立つ事が出来ませんでした。
握力はほぼゼロです。
杖をつけません。杖というのは握らないといけません。
杖が無いと誰かがサポートしないと歩けません。
僕は毎日T字型の杖を手にはめてもらって、
そして、包帯で縛ってもらって、
それでもう歩けました。丁度その頃が30歳、
自分の足で歩いた旅行の最後は新婚旅行になってしまいました。
ところが、結婚を機にですね、女房が僕にこう言ったんです。
「あなた、もう一度病院へ行こうよ。」
僕は、
「何しに病院へ行くんだ。あれから情報を色々集めて見ていると、
筋ジストロフィーの原因が究明されたとか、
薬が見つかったとか、リハビリが新しく解明されたとか、
そういうニュースは一切出ていないよ。
何しに病院へいくの。」
僕は26で難病の宣告を受けてから、
一度も病院へは行ってません。
もうこんな所へは来るまいと思っていました。
亡くしたものを勘定すんじゃなく、
人間としての爽やかさを残して行けば、
まだまだ生き残れるというかたちで、
僕はしがみつくように生きてきました。
ところが女房が僕にこう言ったんです。
「あなたの病気が治るとかあなたの病気の原因が究明されたとか、
そういう藁をもすがる積もりで病院へ行くんじゃない。
私はあなたと結婚した。
あなたはこれからどんどん不自由になっていくのも知っている。
それを承知で私はあなたと生きて行こうと決めた。
ただね、あなた気付かない?」
と、僕に言うんですよ。
「段々生活範囲が小さくなってきたことに気付かない?
あなた仕事だけはする。どんどん状態が悪くなる様に、
もう仕事以外は何もしなくなる。
あれほど好きだった旅行も行かなくなり、
たまにはレストランへも行きたい。
たまには旅行にも行きたい。
ただ、情報が全く無い。」
というのが女房の意見です。
「不自由になったあなたと、
共に暮らす私がハッピーになる生活情報が全くないんや。」
という。
なるほどな、と思いました。
病院へ行こう。あそこは専門機関やから、
あそこへ行けば、不自由な人を全てケアしている専門機関だ
から、あそこへ行けば情報があるのだろう。
僕はあの難病の宣告を受けてから一度も行かなかった国立病院へ
4年振りに訪れたんです。
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