浜垢離について




 そして、三日後<浜垢離>になりますね。
 <浜垢離>の時、昔は舟で行ったという事などの話は置きまして、今のバスで行く話をします。
 朝、お宮から仕立てたバスが一台、輿番とか役職の方々の車が一台出ます。それにいろいろな神具を積んだトラックが一台計三台。その後に氏子さんたちのバスが続くわけです。

● 放生会を含む松原ノ神事

● 浜ノ清祓

● 潔斎





放生会を含む松原ノ神事

浜に行って初め何をするかというと、<松原ノ神事>です。決められた松のところで、これは一つのご神体となると思いますが、矛に榊がついて更に鈴もついていると思いました。それを仕立ててお祭をするのです。その時の祝詞を調べてみますと、やはり「松原でお祭始めの式を行います。どうか、天神様のお祭が無事済みますように」という意味です。
 そして、この時、鯔(イナ)を放すという行事があり<放生会>と言います。
 確か、これは昔、京都の方で(菅原)道真或いは天智天皇の頃、勢力争いで宮様に反対した方々を処刑したというようなことがあった。その祟りがあって、天智天皇は非常に苦労なさったという事です。その頃に御霊信仰といって、御霊を祭って祟りを防ぐという信仰が起こってきたわけです。それが八幡様(を祀った神社)を中心にして起こったと思われまして、それが次第に全国に広がったとされています。
 現にこの天神様でやる浜で放生するという鯔を放す行事は、この府八幡宮でも御輿がお立ちの時に、やはり池に生きた魚を放しております。放す事によって罪・穢の様なものを軽くしていただいて、無事に御輿が渡御できるようにという事で、同じ事をやっております。天神様(矢奈比売神社)と八幡様(府八幡宮 以下同じ)が(大祭の時に)同じ様なことをやっていることが二つ三つあります。その中の一つとして<放生>ということ「放」という字に「生」と書きまして、生きた魚を放して、そのお宅に罪や穢があればそれを除いて、自分の願っている事を成就するという行事であると思います。その行事をいたしております。
 皆様方の中で、あの席に参加したことのある方は少ないかもしれませんので、書いてあるものを読んで、今、簡単に私の言っていることをタタキとして理解していただきたいと思います。
 <松原ノ神事>はとても簡単なものです。ただ遠くの方から矢奈比売神社を拝んで、「無事にお祭が済みますように」と祝詞をあげて、魚を逃します。





浜ノ清祓

そして、そのご神体(矛)をそのまま浜辺に持っていって、波打ち際のところに立てるのです。今度は大きな榊を一本一緒に立てます。この榊というのはどういう役割のものか私には分かりません。しかし、矛が矢奈比売様のご神体の寄られるところだというように考えると榊は、或いは別の神様がお寄りになるものかもしれません。というのは、先程から度々申し上げております神社本庁で作ったビデオの中の解説として<山ノ神>と<海ノ神>が、そこで一緒になって御利益が一つになる。その御利益を矢奈比売神社へ持っていってお祭りを行うわけです。浜の神事をすることによって海の神様をお迎えすることができるんだという説を言っておりました。ですから、矛と榊と両方、或いは、もし分類できるものならば矛に矢奈比売様が付いていて、榊には海の神様の御霊が付いているとします。榊はそのまま置いて矛だけ持って返りますけど、お祭りする事によって、矛の方に海ノ神様がお移りになったものをこちらへ持ってくるというように解釈できるかも知れません。とにかく、二つのご神体になるものを立ててお祭りしていることは事実です。そして、その時申し上げる祝詞は、
「海の神様、お祓いの神様、私たちは清き身体になって祭を大事にやりたいから、どうか、お力を貸してちょうだい」という意味のものです。これが<浜垢離>というものです。
この様な行事は八幡様でもやっております。私は竜洋町に住んでおりますが、掛塚の貴船神社でも<浜垢離>といっても天竜川でやるのですが、そういう行事があります。結局、御霊を移して御輿を渡御させるようなときには、主だった方々は川もしくは海に入って身体を清めるということが非常に(多く)行われている例です。





潔斎

そして、初め、神主・役員・輿番・お先供の方々が、まずお清めを済ますと、各町内が決められた順序によってバスの往復も含めまして、浜で2時間か3時間かかってお清めを済ましてこちらへ帰ってくるのです。

浜垢離の時に、持って帰ってくるものがあります。
 まず、石ですね。これは波が来て砂に埋まったような非常に清らかな石を拾って参ります。これもお先供の方々が拾って下さることが多いのですが、神主と力を合わせて拾います。その年によって海の加減で石がほとんどない年と、石ばかりの年とありますので、困る場面もあります。とにかく、石を十数個拾って参ります。
 そして、その石のあったところの砂を桶に一杯持って帰ります。
 又、もっと深い桶、先程の松原ノ神事で鯔を飼ってきた担ぐような桶に海水を一杯持って帰ります。
 結局、海水と砂と石と三つ持って帰ってきます。
 これは、八幡様でもほとんど同じ事をやっておるようです。少なくても、八幡様で石だけは持ってきています。この石は天神様と同じように神輿のまわりに配置して、渡御が無事に終わりますようにと祈願していることは、はっきりしております。だから、おそらく海水とか御砂を持ってきて、なんらかのお祓いの形に使っているのではないかと思います。
 帰ってくると、役員の主な方々は「お礼参り」とか言って、夜に天神様の方へお参りに来る行事があるようですが、このことについては私は分かっておりません。



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