ここで一つ、おもしろいことをはさんでみたいと思います。お天神様のお祭りには二つのものが入っておりますね。一つは「菅原道真公がこのお宮にお迎えされたのが八月十一日ではなかったか」ということです。そのように書いてある本がたくさんあります。
もう一つは「悉平太郎が活躍したあの犠牲と言いますか、娘を差し出したというような伝説的な話が、やはり、お祭りの時とされている」から、八月十一日と考えたいと思います。
しかし、両方とも話は非常に氏子の方承知しておりますけど、お祭りの中ではその姿が出てこない。どういうことかと言いますと、悉平太郎に関する行事が大祭の中に出てこない、それから、菅原道真公という神様に対するお祭りは天神様(矢奈比売様)と同じ時にあげものをして、神様に供えるという行事をするのみであって、祝詞の言葉なども菅原道真公に直接申し上げるような言葉は入っておりません。
ただ一つお社にお住まいになっている神様方に対しては一般的なもてなしをする、御馳走をするという意味の解釈はできます。
しかし、少なくとも菅原道真公は矢奈比売神社で祭っている二つの柱となるような、そんな大事な神様でありながら、道真公に対するお祭りが大きく取り上げられていないのが事実です。
これは、私が三十年お宮にお勤めいたしましたけれど、非常に苦しんだところです。もし、今のように御輿が西のお宮(総社)に行ってしまっていたとすると、その留守に菅原道真公をお迎えしたのではないかと思います。ですから、何かそこに神事があったわけなんです。そして、その神事に相当するものが何かここに残っていそうな気がするんです。しかし、一つもないのです。
この点に付きましては私の疑問として皆様に全部差し上げますので、良い意味で研究なさって下さい。
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