さて、(大祭の)前の日に池の周りでお清め行事というのがあります。この行事に皆様方、直接参列したことが少ないかと思いますので、大体のことを申し上げます。
お宮全体のお祭りに対する準備が全部できあがった時点でやります。
お宮様の向かって左、西側の伊勢の神宮をお参りするお宮の手前ですか、あそこに池がありますね。あの池のことを本当は何と呼んでいいのか分かりません。しかし、私たちはただ「オイケ」とか「ミイケ」と呼んでおります。非常に神秘な所であることはまちがいありません。一ノ宮の宮司に在職されている先生にお伺いしましたけれど「あの池が天神様の元の神様が祭られた所であろう」ということでした。一つの解釈としてご紹介しておきます。
さて、それで<御池ノ清祓>というのは、その時の祝詞を申し上げますけれど「大祭を迎える準備が全部できました。いよいよ大祭に入ります。私どもは祭の準備をし、心身を清めて参りましたが、さらに重ねてお清めをした社殿から神様のお移りになる御輿、それから御神宝・お祭りの道具全てをお清めします。大祭が無事終わりますように」ということです。
そして、神職が浜から持ってきた御砂と榊へ麻と紙を付けたものと汲んできた海水を瓶に入れたもので、三人の神主様が奉仕いたします。
建物の中と外、それから社務所・御手洗場・鳥居・悉平太郎像、その外へ出まして、街道筋とか、そのような主に神様がお通りになる所をお清めするというものです。
しかし、私はこの<御池ノ清祓>に対して大きな疑問を持っております。と言いますのは、普通ほとんどの大きなお祭りには、前の晩にお祭りして次の日に例祭とか大祭をやるという形の所が非常に多いわけです。中には神様がお移りになるという関係で、夜間に行事をするというものがあるにはあるのですが、天神様はその例に当たるというか、特殊な形だと思います。要するに、前日のお祭りというものがないんです。奉仕するものが清らかな気持ちになって「お祭りを上手にやらしてもらいたい」というお願いに終始しておって、神様をたたえる言葉というものが祝詞の中に非常に少ないように思います。
ここで、あげるものの事を考えてみます。
天神様で氏子の方が初めにお参りに来てお札を欲しい、又は、お守りが欲しいという方々には差し上げていますね。このお札はどのような形で作られるかと言いますと、今の世の中では専門業者が作って、こちらで買ってきて、それをお宮のお札として分けているという、平たく言ってしまえばそれまでですが、形といたしましては、お宮様の中の神主様が全部手製でお札でもお守りでも作ったのです。そして、作ったお守りは神様の前へ持っていって、宮司さんが祝詞をあげて「氏子や崇敬者に分けるお守りができました。どうか御神体をこれにお移りいただいて、これを受けて下さる方々のお力になっていただきましょう」というような意味のお祭りをします。それを元に戻して皆様に頒布するというのが昔の当然の姿であったと思います。今は略式で印刷物を買ってくると言うように非常に簡単な形になっておりますが、これは今様の考え方だと思います。
その<御池(ノ清祓)>の時に、祭る時には御札を捧げるのです。池の前で御札を捧げる形で「清祓い、清めたまえ」といってお祭りをするわけです。
この御札は池の祓いが済んでしまうと、宮司さんが本殿まで持っていって、矢奈比売神社の一番奥の御本殿に捧げてくるわけです。要するに他の所には置けないという考えもあるかも知れません。例えそうでなくても、純粋に考えれば、神様の御神体を更にそれに乗っけていただくという意味で、お祭りしたものを納めて、その御利益のあるものを氏子の方々に配布するという基礎的なお祭りをしているのです。
このお祭りの姿というのは、本当は普通のお宮でやっている前日の夕方やる前夜祭とか夕祭とか宵祭とかいろんな形で言うが、この神事だけはそういう姿であろうと私は考えています。従いまして、今、<御池ノ清祓>という祓いをしていますが、これは決して祓行事だけで初めからあったものではありません。何かあの池の所の神様のお力が、氏子に分け与えられる元となっておいでになる。要するに矢奈比売様の御神力、偉力というものは、あの水の所から出てきているというように考えます。早く言うと、矢奈比売様は水の神様の御利益を付けるわけであると私は考えております。
そういう行事をいたしまして、次の大祭を迎えるわけです。