98年9月23日「静岡県磐田市鮫島海岸 見附天神裸祭り(浜垢離)」見附天神裸まつりは大祭(26日〜27日)から数えて一週間前の御斯葉(みしば)おろしから始まる。そして3日前の浜垢離とつづく。
去年、親愛なる加藤氏から実は大祭に出る人々は皆、海水でみそぎを済ませて(浜垢離に参加して)身を清めて大祭に臨むのが習わしと聞き、仕事の関係でこのところ連休は取れないために宇都宮から磐田まで2往復もする必要があるものの、是非参加してみたいと思いたち、また、祭りを支える新通町町会の皆さんとの親睦も図れることから、長躯決行を決意しました。
前日(9月22日)台風7号が一過したというものの、居座る秋雨前線の刺激から雷注意報も出る生憎の雨模様でありました。
前日、東京本社で研修があったので、夜、浜松へと向い(前日、昼間は台風7号の上陸で新幹線は上下とも不通状態でした。しかし、20時頃には乱れたダイヤも下りは正常となる。)20:56東京発 こだま525号で21:51三島止り。乗り換えて22:28三島発こだま487号で23:29浜松に着く。浜松駅前で一泊したのち、翌朝(9月23日)7:59浜松発普通電車で8:11磐田着。
駅前遠鉄バス@番乗り場(80系列見附磐田営業所行き)9:29発、新通町9:40着。セブンイレブンで昼食の弁当を買い、かねてから加藤氏のご指示により、三州庵そば屋前に停車している大型バス2台に近づいた。
祭典部長の松村氏の赤たすきを目印に捜すも見当たらない。副会長の清水氏の待つ自治会館に立ち寄ろうとしたところ、会計の鈴木氏に「加藤さんの友人かあ?」と声を掛けられ、すぐに2号車に乗り込むよう案内されました。(バスの配車は新通1丁目・・1号車、新通2丁目・・2号車であった。)ほどなくバスは10:00に一路、鮫島海岸目指して発車しました。
本日はまさに新通町会の年に1度(?)の合同レクリェーション、家族ぐるみで海岸で遊ぶ日なのであります。
男たちは浜でみそぎをし、ご婦人や子供たちはテントの中でお手製の弁当を広げてはそれを口に運び、思い思いに宴会を楽しんで過ごすのです。
この様子は加藤氏によれば南九州・奄美・沖縄にも類似したものがあるとの由、(去年の紀行文をご覧頂いた方にはご理解頂けると思うが)何でもありの祭り好きの磐田市民(さすがジュピロ磐田のホームシティ・・・)の進取の気質がうかがえます。車中、真横にすわる中村氏と石川氏が懇談。松村氏も入り、祭りの準備の苦労話や、50歳を過ぎたら引退したいが引き継ぐべき若手(とくに20代)の不足に頭が痛いとか。
やがて中村氏からマイクで諸注意が告げられ、「怪我のないように・・」「帰途は14時30分発、それまでに後片付けをお願いしま〜す。」
10時40分頃、遠鉄バス鮫島営業所に到着。警固のため先に着かれていた加藤氏と再会。浜に出ると新通町会と書かれたテントがあり、そので和田会長(71歳)にご挨拶。
この祭りを県指定無形文化財から国指定に格上げされるという話しがあり、遠来・埼玉(栃木なのに間違っておられた)から加藤氏の友人が訪ねたことを喜んで頂いた。
10:30 「松原の神事」大原・大杉家献上の命の魚(みょうのうお)、鯔(イナ)を神前に献じ、祝詞を奏上後、松原池へ放たれる。 (photo by tatsuhiko)
続いて 「浜の清祓い」海に面して大榊、鉾を立て、先供、輿番が小祓いで全身を祓い、その小祓いを砂浜に突き立てる。 (photo by tatsuhiko)
神事が雨のせいもあるのか予定より早く終了。浜垢離の開始が早まった。町会の人達は皆、自宅や自治会館ですでに晒しの褌に着替えてきておられたが、まつきちはテントの中でまわりをバスタオルで囲って頂いて松村氏に手際よく締め込みを手伝って頂きました。
去年頂いた「龍宮社」の手拭いをハチマキにし、素足で波打ち際へ移動する。途中、中村氏から小祓い(小さな木片に小さなしめ飾りがついている)を受け、折りからの打ち寄せる高い波をもろともせずに元気よく梵天のまわりを数名の男たちがオッショイ、オッショイと掛け声掛けてもみ合います。
台風でもこの儀式は命綱をつけてでもやるんだにとは鈴木氏。まつきちも仲間に入るが、この時わざわざ東京からかけつけてくれたM氏(カメラ専科)の波の襲来に戸惑う景色が目に写る。
海の中の我々は時々頭から波を被りながらも威勢よくオッショイ、オッショイを繰り返す。鈴木氏、守谷氏も合流し、新通町会の輪が広がる。
一旦、全員浜からテントに戻り、酒宴が始まりました。
鮫島海岸にて・・・NO.11〜No.14はM氏の傑作です. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23
良酒のビールや日本酒を頂き、良肴の各家庭のお弁当を勧められる。石川氏持参の生姜に自家製の味噌がうまい。
鈴木氏と和田会長の掛け合いが面白く、町会の方々をなごませている。鈴木氏の奥様が底抜けに明るく、笑い声が絶えない。
やがて、一番鈴が姿を見せる。再び新通町会も二度目のみそぎに繰り出した。
肩車をして鬼踊りに興ずる者もあり、動きも激しさを増す。若者たちの仕草は圧巻である。激しさの中にも優雅さをただよわせ、見る者の共感を呼ぶ。本番では夜中に繰り広げられるので、力強さの点では本番の方がまさるが、昼間の鬼踊りはむしろ優雅と言うべきであろうか。
単身、テントに戻って防水カメラを持ち出し、シャッターチャンスを狙う。
権現鈴(三番鈴)が到着。三度目のみそぎに走る。波の間に間に鈴の音が響き、優雅さを一層引き立てる。はるかかなたのサーファーたちもこの光景に釘付けの様子。
やがて、海岸沿いにぎっしりの見物客が凝視してすばらしい祭りの演出に酔っているようだ。
本番では触ることもできない鈴もこの日は無礼講、取り合って鳴らす鈴の音はいつまでもつづく。
鮫島海岸にて・・・NO.25とNO.32〜No.37はM氏の傑作です. 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37
やがて、午後2時となりテントや散らかしたゴミの整理が始まる。褌を外して帰り支度をし、テントの撤去を手伝う。
鈴木氏が相変わらず愛嬌をふりまいている。
小型トラックに荷物を積み込み、バスの待つ集合場所に向う途中で二番鈴と行き会う。ひっきりなしに次から次へと各町会が浜を目指して打ち興じている。
老いも若きも男も女も子供たちも町ぐるみ一体となっての結束力を昇華させているのが美しい。本当に見事な演出である。
二番鈴と出会う 38 39 40 41
14:30 バスは鮫島海岸をあとに15:00頃新通町三州庵そば屋前に戻る。龍宮社と染め抜いたハッピが粋だなあ。
自治会館でビールでの慰労ののち、加藤氏に誘われて鈴木氏宅にお邪魔する。15:30からは会館で本番で使う腰蓑づくりが行われるのだが、酒の勢いからか、鈴木氏「30分遅刻は非常識なので、15分遅れで行こう!」この町では15分遅れは許容範囲のようだ。
時がゆったりと過ぎていくのを感じました。
ついぞ16時から始まっている腰蓑づくりに遅れて合流しました。鈴木氏の奥様の指導で腰を2回転する荒縄に2〜3本ずつの藁をつかんでは前垂れを編んでいきます。
まつきちは最初は要領を得ず、三度ばかし失敗しましたが、4回目のトライアルで見事に成功し、26日に来てくれる予定の宮原さん用も仕上げることができました。
4人の子供たちの腰蓑を編んでいるのよと鈴木氏の奥様。
傍らで鈴木氏は「わらじばかよね」「わらじまみれてよ・・・」の歌を何度となく繰り返して場をなごませている。
腰蓑づくりは18時前には終了し、会館から直接、お礼参りに出発しました。
町内の子供たちを全員集め、大人たちが先導して矢奈比売神社(天神社)から総社(淡海国玉神社)へ安全祈願のお参りに出かける行事です。最初はパラパラ来た雨もすぐさまどしゃぶりとなり、暫し雨宿りするもなかなか止まない様子。事故が心配の大人たちは子供を残して再出発しようとしたが、子供は全員行きたいと言っている。子供をおんぶしているお母さん、長靴に合羽を着込んだ幼児たち、生憎の大雨にもめげずちゃんと整列して歩く様子はあどけない。
大人たちは全員ずぶぬれでハッピからもズボンからもしずくが滴り落ちる。まるでずぶネズミのように・・・加藤氏から傘を借りていたまつきちもズボンの裾や足元はもうびっしょびしょ。こんな悪天候ははじめてなんだよなとは松村氏。
今年の天候不順を象徴しているね。
お参りを済ませてやがて会館に19時すぎに戻った面々はアイスクリームを子供たちに配り、(まつきちももらいました。)一旦、各戸に帰宅して風呂に入るなりして着替えを済ませ、(その間、まつきちは加藤氏宅で雨宿り)20時から始まる新通町懇親会場(店主が新通町出身の居酒屋さん)へ三々五々向います。(まつきちは加藤氏の運転するマイカーで会場へ)清水氏、鈴木氏は生憎欠席。総勢14〜5名で酒宴を張ることになりました。(会費2,000円、飲み食い放題、足が出たら自治会費から賄われるそうだ。)
祭りの過去・現在・未来について懇親会に集まった人々の一人一人の熱い思いがほとばしる、有意義な時間であった。
伝統の祭りをどう継承していくか、祭りはボトムアップ、トップダウンで国指定の認定を受けても住民の負担は大きくなるばかり。どこにもあることだが、観光化されるメリデメに各々の議論がつづく。
まつきちも博多山笠の例、徳島阿波踊りの例を取り混ぜて好きな持論に口を出す。守谷氏からは西大寺の例があげられ、参加した経験からの異論・反論・オブジェクション・・・
見物人から金を取る?うそっー見せる祭りかこれは・・・もちろん参加する祭りだに・・・(畳店を経営されている)松村祭典部長が口をとがらせている。もう歳だに、来年は役を替えてくれよな・・・まだまだ清水さんだってやってるに・・・
その間も窓の外では容赦なく雨が降り続ける。雷も鳴っている。ピカッと光る度に座敷の窓側に座る三人(中村氏、松村氏、まつきち)のせいにされ、ムカッとはこないがそんなに俺は禿げてるのかな。
街並は降り続く大雨で道路はどこも川の流れのようにあふれかえっている。
23時すぎ、そろそろお開きに・・・まつきちは浜松駅前に宿を予約していたので、加藤氏がお店の女将に頼んで磐田駅へ問い合わせてくれた。0:06磐田発普通電車は雨のため運休との報に加藤氏から「うちに泊ればいいよ。そうと決まればもう少しやろう。」
午前0時が過ぎて、一旦はそうさせてもらおうとは思ったが、できれば磐田駅前のビジネスホテルをあたってみようと1軒目こそ断わられたが、2軒目の磐田パークホテルで空室をみつけることができました。ダブルの部屋を8,000円で値切れして、風呂に入って1:30頃就寝しました。
翌朝5:30起床し、5:54 磐田発普通電車で6:04 掛川着。6:30 掛川発 こだま450号で8:21東京着。8:44東京発なすの233号で9:43宇都宮着。
10時すぎに帰宅ののち、午後から出社しました。15時からは講習会の講師を務めなければなりませんでした。因みに後日、加藤氏の報によれば、この浜垢離の夜はなんと1時間100ミリを越す記録的な豪雨で、翌朝のニュースでは磐田市を中心とする地域の被害状況が次々と報道されたそうです。加藤氏宅の少し北側の町では床上浸水もあったとのことでした。
(お祭り紀行:15) 98.9.26〜27「見附天神裸祭り(大祭)」へとつづきます。
(近日公開!)
読者の皆さんへ :見附天神裸まつりは絶対に飛び入りはできません。各町会の氏子たちの友人として各家庭から出るきまりなので、自治会館へ直接飛び入ることはできません。
「まつきちさん、来年は大勢連れてきてくれよな。」と松村勇新通町祭典部長。礼儀正しい若い方々からの参加表明を期待しています。