遠州大名行列  ■平成十三年四月二十九日
旅路はるかに見附宿、 夢路みやびなお行列
 その日、見附宿は参勤交代の行列の宿泊があってひどく慌しかった。本陣には、大名の紋所が入った天幕が張られ、お大名御用達の商人たちが品物を持って出入りしていた。
 おそのは、上方に居る母親が重病との知らせで、行儀見習いの江戸武家屋敷から侍女と一緒に国元に帰る途中であった。ところが、先程、巾着袋がないことに気がついた。これでは、この先旅を続けることもできず途方にくれていた。宿場役人に相談しても、今夜は本陣の警戒にあたらねばならないから大名行列出発後にしてくれと言われるありさま。
 そろそろ店じまいしそうな茶店の外の縁台に侍女と困り果てて腰をかけていると、ひとりの若者が走って来た。その若者は、おそのの巾着袋がすられるところを目撃したと言う。それから、そのすりを追いかけて格闘して取り返して、三ヶ野の七ツ道から見附宿まで走って来たと。「旅篭に入ってしまったら一軒一軒探さねばならなかったよ」と、息をはずませていた。
 見附の通りには、雪洞が灯り、春のおぼろ月がぼんやりとあたりをぼかしはじめていた。
 翌朝、おそのは若者の宿泊した旅篭を尋ねたけれど、すでに東へ旅立った後だった。お礼も渡さず、名前すら聞かなかったことが悔やまれた。
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