舞車今に伝わる舞車の名残
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 現在、舞車の関係で残っているものには、舞車の車軸と由緒書きの「車軸記」の他、 見付天神社の裸祭り の組印などがある。

 舞車の車軸は、現在 旧見付学校に保存されているが、その大きさから当時の舞車がどれほど大きく立派なものであったかが推測される。

 淡海国玉神社に保存されている「車軸記」は、明治43年に石川鴻斉(岡崎出身の学者・詩・書画人でもあり、大正7年に見付で没)が書き写したものである。

 9月に行われている見付天神裸祭りには、祇園祭の各町の山車の名が現在の町内の組印に引き継がれていることから、舞車祭が裸祭へ少なからぬ影響を与えていることも確かである。特に馬場町の組印は「舞車」といい、町内の万灯(「山車」と呼ばれる)には、舞車の車輪や翁面などが描かれている。

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