その日は二日間降り続いた雨も上がり、東海道の見附宿は、西国筋のお大名中 山雅樂頭様ご一行のお行列をお迎えするため大層慌ただしく、往来はごった返し ておりました。

 数日前のこと、二人のお侍が往還を上ってお出でになり、ご本陣近くの旅籠河井屋にお入りになりました。 その方たちは、お行列の皆様がお泊まりになる宿割をご本陣の亭主と相談し、支度を整える先触役の方々でありました。

 北本陣の亭主孫兵衛は先触役お到着の報を受けると、早速、紋付の正装に着替 え、河井屋に出向きました。 おもてなしのお酒を言いつけると、お部屋の外に畏まり、声を掛けました。 「失礼いたしまする。北本陣亭主孫兵衛でござります」 無事宿割を終えると、お侍の一人関札役人が差し出す二枚の関札を孫兵衛は三方でもって頂戴し、風呂敷に包みました。 「相変わらずのお宿仰せつけられ、ありがたく存じ奉りまする」 お礼を述べ、風呂敷包みを大事そうに抱えて孫兵衛は部屋を出たのでした。

 本陣では、雅樂頭様のご紋所が入った陣幕を張り巡らし、門提灯を掲げ、門前 には『中山雅樂頭 宿 元禄十三年四月廿九日』と書かれた関札を立てるなどご 一行をお迎えする準備を整えておりましたし、雅樂頭様ご用達の商人たちが品 物を持って出入りしておりました。  また、問屋場の辺りには、近在助郷の人々が馬を曳いて集まって来てもおりま した。  宿役人は、次々に届く荷駄の伝馬送りを人足たちにあれこれ指図し、また、 火の用心のための見廻番を出しておりました。

 その上、時の将軍綱吉様が出された「しょうるいあわ生類憐れみの令」という御法度もあり、 犬猫がお行列に粗相でもしたら、それこそ一大事にもなりかねません。野良犬を 囲いに入れ、猫を外に出さないようにということまで、宿場の人々は気を配らな くてはなりませんでした。

 いよいよお行列ご到着の刻限が迫ると、孫兵衛と名主はじめ問屋・年寄それ に組頭といった宿役人たちは裃に衣装を整え、東木戸までお出迎えのため に出向いて行きました。東木戸には『中山雅樂頭 入口』と大書された関札が既に立てられており、孫 兵衛や宿役人方は往還の道端に下座し、ご一行をお待ちしました。

 ところで、お大名家にはいろいろと格式があり、お行列のお供揃え・御道具・ 挟箱などの員数や並び方まで、細かく決められておりました。 しかし、その格式も厳格に守られていたのは江戸市中においてのことで、道中 では、威厳を示すために本来の格式よりも上位のものが用いられることも多くあ ったようでございます。

 雅樂頭様のお供揃えはと申しますと、御持筒・御持弓・長柄鎗に続いての金紋先箱は対箱。御道具は対の赤毛天目鎗を御徒士の前に立てる引き道具で、 二本の白毛鎗が添えられておりました。わかとう若党・ちゅうげん仲間衆も合わせ総勢百二十人 ほどのお供衆でございました。 雅楽頭様は、お禄高五万石のとざま外様のお大名ですから、お道中でのこのお供揃え は、多くのお大名がそうであったように、格式よりご立派な行列立にされてお出 ででした。

  「下にー、下にー」  やがて、下座触れが聞こえ、孫兵衛たちは緊張した面もちでその場に平伏して いると、愛宕の坂の上でお行列を立てたご一行がゆっくりと坂を下りて参りまし た。 「ようこそ当見附宿にお出で下さりましたのー。これよりゃー手前共がご本陣ま でご案内仕りまする」  名主が頭を下げたまま挨拶しました。  すると、それに応じて 「出迎え大儀である」  お行列の先頭で進行を執り仕切るお侍からお声が掛かりましたので、 孫兵衛 たちは早速露払いとして、お行列の前に立ちました。

 往還は、町衆の手で掃き清められておりました。  奴さんたちが派手な仕草で毛鎗を振り、挟箱などお道具の手替えをしながら、 お行列は、町衆や旅人たちが道端で下座してお迎えする中、宿場の中程にある北 本陣に入って行かれました。

 木戸も閉まる時分とあいなり、そろそろ店じまいしそうな茶店の縁台に、美し い武家の娘が侍女と浮かぬ顔で腰掛けておりました。 その娘は・・・おそのといい、松平近江守様の江戸下屋敷に奉公に出ておりましたが、 国許にいる母親が重病との知らせで、侍女を連れ上方に帰る急ぎ旅の道中でし た。  ところが、先程、巾着袋がないことに気が付きました。 「困りました。これでは旅籠に入ることもできませぬ」  おそのがつぶやくと 「本当に困りましたねえ。だいたい、あのお役人も人でなしじゃありませぬか。 『今宵は、ご本陣の警固で忙しいんで、まあ、気の毒だが、お行列ご出立の後に また申し出て下さらんか』ですって。そんな呑気なことを言ってたら、掏摸はと っくにどこかへ逃げてしまいますよ」  侍女はいまいま忌々しげに答えました。 「やはり、あの三箇野です掏られたんでしょうか。あの時、急いで走って来た人が ぶつかって行ったけれど、『ご免よ』なんて言うものだから、余程急いでいると 思い『いいえ、どうしまして』などと答えてしまって・・・」 「お人が善ろし過ぎますよ。も少しご用心して下さいまし」   そんな会話もむなしく、二人は途方にくれておりました。

 そこへ、一人の若いお侍が走って来られました。  はあはあ、息を弾ませて 「これは、そなたの物に相違ござらぬか」 その若侍は、おそのの巾着袋を差し出しました。 「えっ」  おそのはびっくりしながらそれを受け取ると、侍女に水を持って来させました。  若侍は水を一気に飲み干すと、ようやく話し始めました。 「先程、三箇野の坂道でわらじ草鞋の緒を結び直しておったが、立ち上がろうとすると 男がそなたの懐から巾着袋を掏って行ったのが目に入り、急ぎ追いかけもうした が、なかなか逃げ足の早いやつ、ようやく捕まえ取り戻して参った」 「まあ、左様でござりましたか」 「されど、逆向きであったそなたたちを探すのに手間取ってしまい、どこかの旅籠にでも入ってしまわれたら、一軒一軒当たらねばならぬところであった。あー やれやれ、一件落着」  若侍の額には、まだ汗が光っておりました。 「これで私も旅を続けることができまする。何とお礼を申し上げてよいのや ら・・・」 「なんの、礼には及ばぬ。されば、ご免」  一言残し、若侍は去って行ってしまわれました。 「本当に、ありがとうごさりました」  おそのは、その背中に向かって頭を下げるしかありませんでした。

 見附宿の家々には明かりが灯り、春のおぼろ月がぼんやりと辺りをぼかし始め ておりました。 翌朝、おそのは今一度お礼を申し上げたいと思い、若侍が泊まった旅籠を訪ね ましたが、既に東へ旅立たれた後でした。  お礼の挨拶もできず、お名前すらお聞きできなかったことが悔やまれてなりま せんでした。 その頃、ご本陣にお泊まりになった雅樂頭様ご一行は、お行列を立て、宿役人 たちが先導してご出立されましたが、西木戸の辺りまで来ると、どうしたことか 往還を逸れ北に進み、宿場はずれの大きなお寺に入って行かれました。  何でも、天龍川が急の川留めで、川開けまでこの宿に足止めになったとかで、 宿役人が西坂の辻を北に行ったところにある護世寺の境内に急遽御休処をし つらえて、そちらへお通ししたとのことでした。  おそのも母親の安否を気にしながらも、この見附宿で川開けを待つしかありま せんでした。


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