端午の節句を祝う鯉のぼりがあちらこちらで風にたなびく中、おそのは実家に 帰り着きました。 おそのの顔を見た母親は、一度は元気を取り戻したかに見えましたが、必死の 看病の甲斐もなく、他界したのでした。 季節は移り変わり、萩の花が咲いておりました。

 それから半年余りの月日が経ち、真夏の太陽が容赦なく照り返す頃、おそのは 再び旅をしておりました。江戸へ帰る旅路でした。 「さあ、見附宿ですよ」  侍女が只来坂を下りながら木戸を指さす。 「あの時は、母上のことばかりが気がかりで、何てぼんやりしておりましたので しょう・・・」  おそのは汗を拭きながら、昨年四月の見附宿での出来事を思い出しておりまし た。 そして、あの時のあの若侍の面影が瞼に浮かび、もう一度お逢いできないもの かと・・・。 「昨春の旅では本当に大変でござりました。でも、世の中って悪い人もいれば、 善い人もいるものでございますねえ」  侍女もそれを察しておりました。

 そうこうする内、二人は西坂まで参りました。 「ご免下さりませ」  飛脚問屋こくや石屋の筋向かえにある馴染みの旅籠の暖簾をくぐりながら、おそのが 声を掛けると 「いらっしゃい、おや、お早いお着きだやー。いつもごひいき贔屓にありがとうさま で・・・」  旅籠の主人が奥から顔を出し、愛想良く二人を出迎えました。 「そりゃーそうと、丁度いい時にお出でになったやー。明日はここの祇園祭の宵宮で、明後日は御社上がりだんね」  おそのは侍女に洗足を取らせながら 「それはどんなお祭なんですの? 私は、昨年他界しました母の供養のため見附宿の地蔵めぐりでもしたいと思いまして、二三日ご厄介になるつもりでおりますが」 「えっ、お亡くなりになったんで・・・。そりゃー、さぞお辛いことだったずら やー」  訳知りの主人は眉を曇らせましたが、気を変えたように 「いえね、祇園祭の御社上がりにゃ、舞車の神事ちゅうのがあるだよー。何でも、 鎌倉公方の御代の話ちゅうこんだけんど、親に引き裂かれた男と女が、東西のこの舞車で舞って、再び巡り逢うたちゅうことだげな。ふんとーに、神様のご利益 ということずらやー」 「まあ、左様なお祭が・・・」 「しかも、これにゃー宵宮にお泊まり合わされた旅のお方に舞うて戴くもんだに。 もし、よけりゃー、ひとさし一指舞うておくんなさい」

 思いも寄らない誘いに、おそのは一旦は断ろうとしました。さりとて、おそのにあの若侍と再会する手だてが有ろうはずがありません。唯一できるのは神仏に おすが縋りすることのみでした。 これも何かのご縁かと、そう悟ったおそのは思い直し 「私でよければ、舞わして下さいませ」 この機会に一縷の望みを託したのでした。 「左様ですかい! そりゃー、ありがたいやー。願ったり、叶ったりちゅうもん だ」 旅籠の主人は西坂の総代に知らせるため、大喜びで表へ出て行きました。

 御社上がりの日は、昼間から祭太鼓が威勢良く打ち鳴らされ、幼い童から老若男女を問わず演じる踊狂言やら富くじなどの催しもあり、見附宿は大層な賑わいでした。  その頃、おそのは、幼き日に手ほどきを受けたことのある舞を、旅籠の一部屋 に籠もって稽古しておりました。

 いよいよ、舞車を立てる時分とあいなりました。 東西のお囃子はいよいよ盛んになり、往還は、町衆は言うには及ばず遠方近郷よ りの見物人で満ち溢れておりました。 「そろそろ刻限になるんだけんど、お支度はお済みだかいやー」 旅籠の主人は、部屋の外からおそのに声を掛けました。 「はい、いつでも」 「それじゃー、ご案内申し上げるで」  おそのが旅籠の主人に導かれ西乃車に上がると、西坂の総代吉左衛門の指図により、若衆は掛け声よろしく車を曳き始めました。  西乃車は吉左衛門を先頭に、見物人をかき分けるかのようにそろりそろりと進 み、やがて、總社神主大久保内記様のお屋敷前まで曳き出されました。

 一方、東乃車も舞手を乗せ、東坂総代を先頭に南本陣の辺りまで曳かれて来て おりました。 「吉左さ、おめでとさん」 「やあ、おめでとさんで・・・」  東坂の総代と吉左衛門は挨拶を交わし、 「昨日の宵宮も滞りなくあい済んで、今宵の御社上がり、めでたいことずら」 「そうずら。ふんとうにめでたいことだに」 「去年は東乃車より立てられたんで、しきたりだで今年は西がお先に立たせても らうでね」 「おう、そうしてくりょー。して、西の舞手は?」 「上方からお出での女子だんね」 「そりゃー、面白いのー。東は、江戸より見えられたっちゅーお侍だ」 「まずは、うち揃うて總社へお参りにいかまいか」  總社の拝殿には、昨日の宵宮に渡御された天御子神社の御神輿が安置されてお りました。東西の総代は揃って参拝を済ますと 「西坂の若い衆やーい、そろそろ参ろうか」 吉左衛門は車を立てる合図を出しました。

 西乃車で舞ったおそのの舞は、やんやの喝采を浴びました。  西乃車が下げられ、東乃車が曳き出されて参りました。 東乃車でのお侍の舞も「日本一!」の声が掛かるほどの見事な出来栄えでした。この夜の舞車の神事は、このように久しぶりに大層な盛り上がりを見せ、珍し いことながらついには「双方今一舞」とのアンコールとあいなりました。  それでは二つの車を曳き並べて同時に舞う「相舞」がよかろう、ということに なりまして、東西の舞車が惣社お広前に曳き揃えられました。おそのと江戸から来たお侍は、それぞれの車に上がると一緒に舞い始めました。 舞が佳境にさしかかり二人が互いに近づいた刹那、舞が途絶えたかに見えまし た。 しかし、その後二人は見事に舞い終えたのでございます。

 翌日、朝市で賑わう見附宿の通りで、名残を惜しむ男と女がありました。 「まさかこの見附宿で再びお逢いできるとは、思いも寄らぬことでござった」 「本当に昨夜は驚きました。されど、お目にかかれてうれしゅうござりました」 「上方でのご用は、取り急ぎ済ませ江戸に戻りまする。されば、江戸にてまたお逢いいたそう。くれぐれもお気を付けて旅をなさいますよう」 「はい、お帰りをお待ち申しておりまする。まずは、ご道中のご無事を・・・」 「さて、未だそなたのお名前をお聞きしておらなんだ。拙者は木野豊後守様が家臣の日下兵庫と申す」 「私は、江戸は深川に住まいいたしまする、おそのと申します」

    祇園の祭は水無月の    すでに半ばも杉の村立ち
   
林のかねの音    名に聞くばかり暮れゆく今日の
   祇園の祭の上はあらじと     誉めぬ人こそなかりけれ   
 


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