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アチャー柔道・インド編

第14回「カルカッタの憂鬱」


アチャー柔道・カルカッタの憂鬱

  ●サダルストリートの朝

  ●チャイとインドカレー

  ●挫折

  ●埴輪男、現る



サダルストリートの朝

インドで迎える最初の朝、サダルストリートに異常に繁殖している鳥の鳴き声で起こされた。私はホテルの二階の窓から、この鳥たちと野良犬と野良牛がごみ箱をあさっているのを目の当たりにしている。その横では子供たちが自分の背丈より一回りも大きなズタ袋を背負って、空き瓶や鉄くずを探すのに余念がない。私は生まれて始めてみる異様なこの光景に釘付けになった。

昨日、ぎゅうぎゅう詰めのタクシーに乗ってこのホテルにたどり着いたのは既に夕暮れ時、サルベーション・アーミー(救世軍)と書いてある看板を見て、何となく自分の境遇にぴったりだと、何のためらいもなく部屋を取った。古めかしい簡易ベッドが五つ無造作に置いてあるだけのドミトリー(相部屋)にはシャワーもトイレもない。天井では巨大な扇風機が気怠そうにゆっくりとまわっている。ガイドブックでこのサダルストリートは有名な安宿街として紹介されていたので、一も二もなく自分の滞在地として選んだのだが、その安宿ぶりは私の想像を遥かに超えていた。夜、オン・ザ・ロックでブランデーのグラスを優雅に傾けようなどと考えていた自分がとても目出度い存在に思えてくる。ギシギシときしむベッドに横たわると、旅の疲れとも相まってそのまま眠りについてしまった。

一晩寝ると気力が充実してくる。夕べから食事をとっていないのでとにかく腹が減っている。

「インドカレーを食べに行こう!」

食を知らずして文化を語るなかれ!ある役者さんが言っていた。私曰く、カレーを知らずしてインドを語るなかれ!

意気揚々と宿を出る。10mも歩かないうちに、待ちかまえたようにインド人2人が現れ、私に擦り寄ってきた。

「ハロー、ジャパニ 買わない?シルク、クルタ、パジャマ、何でもあるねチープよ、ベリーチープ ほんとよ」

「ジャパニ、サリー、サリー、ビューティフル ベスト フレンドにはベスト プライスね」

物売りだ。昨日の空港の客引きといい、このジョギングパンツにTシャツ姿の私が金持ちにでも見えるのだろうか?

「ノー、ノー、アイム プア(私は貧乏ね)」

ひたすら繰り返して彼らを振りきったが、すぐさま新手が出現する。

「マイ フレンド、ドルチェンジしない?バンクよりグッドレート」

札束をちらつかせるこの男は闇両替屋か?路上でそんな商売までするとは・・・

「ノー ダラー(ドルは持ってないよ)」

いい加減うんざりして追い払う間もなく、すぐに3人目が登場。

「ジャパニ、グッド ガンジャ スペシャル プライス ヘーイ、ヘーイ」

「ガンジャ?」

男がガンジャと言うときに思わせぶりな目つきをしたので、ちょっと気になった。

「イエス、グッド ガンジャよ」と、葉巻を吸う仕草。どうやらドラッグの一種らしい。なんてやつらだ。ところが彼らはものを売るばかりが目的ではないらしい。私が何も買わないと見て取ると、最初の物売り2人が再びまとわりついてきた。

「ヘイ、ムービースター、カメラ 売らない?」

いつの間にかもの買いに変身している。冗談じゃない。売るために持ってきたんじゃないと断れば、

「ジャパニ、レンズ売らない?グッドプライスで買うよ」

こいつら・・・レンズを売ったらカメラを持ってきた意味がないじゃないか!

「ウォークマン持ってないの?ソニー スペシャルプライス」

「ライター何かとチェンジする?」

「ジャパニ、いいTシャツね。シューズとセットで売ってくれ」

彼らは英語と奇妙な日本語でひたすらまくしたてる。

 


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チャイとインドカレー

サダルストリートを抜け出すのにどれくらいのパワーを要したことだろう。まるでロケットが大気圏を脱出するが如しだ。

大通りに出てやっと観光客の気分で辺りを見渡す。と、通りの至る所に露店が立ち、そこではインド人たちがカップを片手に楽しそうに談笑している。

(スタンドカフェみたいなものか)

「ホワット ディス?(これ何)」店の親父さんに尋ねた。

「チャイ!インディアン ティー」親父さんが言うには、この店のチャイが一番うまい!しかも値段は一杯2ルピー(約7円)。迷わず注文することにした。

出てきたチャイは紅茶とミルクの香りがまろやかに融け合い、とてもおいしそうだ。一口飲んでみる。

「・・・・・」

甘い!それもただの甘さではない。ガムシロップとハチミツを混ぜそのまま口に流し込んだに等しく、ベチベトして上唇と下唇がくっつくようだ。とても常人に飲める代物ではない。どうやら入る店を間違えたようだ!しかし周りの客たちはこのチャイを一口一口味わうように、実にうまそうに飲んでいる。実際、他の露店と比べても客の入りがいいところを見ると、親父さんの自慢も満更ハッタリではないのだろう。その親父さん「どうだ?」と言わんばかりにニッコリと頷いたが、私はチャイをそれ以上飲むことは出来なかった。

やはり辛党の私にはインドカレーしかない。通りを歩くことさらに数分、ツーンと来るカレーの臭いが私の鼻腔を刺激してきた。吸い寄せられるようにそちらに歩いていくと、あばら屋みたいな建物の前で日焼けしたインド人が団子の固まりをパーンと叩いては延ばし、延ばしては叩いている。それを円盤状にして土釜の内側に貼り付け、焼いていくのだ。その横では我があこがれのインドカレーがぐつぐつと音をたてて煮えているではないか。

レストラン(と、言えればだが)の中に入った。店中にまんべんなく飛び回っている蠅にはいささかげんなりとしたが、席に着き客たちを観察すると間違いなくカレーを喰っている。ここでスプーンなどを想像してもらっては困る。みんなお好み焼きの皮みたいなもの(チャパティ)を器用に片手でちぎり、カレーにつけてぱっくりと喰う。或いはカレーをライスにかけ、やはり手でかき混ぜながら口に運ぶ。やっぱり本場は違う!

注文を取りに来たボーイに私は姿勢を正して頼んだ。

「インドカレー、プリーズ」

ボーイは怪訝な顔をして聞き返してきた。

「チキン、マトン、ベジタブル、フィッシュ・・・」

こいつは耳が遠いのかな。

「ノー、ノー、インドカレー、プリーズ」

しかしボーイは苛立たしそうに、またチキン、マトン、と繰り返していく。彼が尋ねているのがカレーの種類だと私が理解するまでにはあと2回の問答を要した。私はマトンカレーを注文したが、それにしてもあのボーイの態度はなっていない。いくら注文で手間取ったとはいえ、あそこまで露骨に軽蔑の意を露にしていいものなのか。

(少なくとも私は客だぞ!)

彼に商売熱心なサダルストリートの物売りたちの爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいものだ。

厨房に目を移すと穴だらけの雑巾みたいなシャツを着たコックたちが右に左に忙しそうに動きまわっている。彼らの額からは汗がポタポタとカレーの鍋に滴り落ちている。そのような隠し味は出来ればご辞退申し上げたいのだが・・・おまけに鍋をかき混ぜると無数の蠅が元気よく飛び立っていく。一気に私の食欲はなくなった。

(店を変えようか・・・)

幸いにしてまだ金は払っていない。最初のインドカレーだ、もう少しましな店を選んでも罰は当たらないだろう。

私が立ち上がろうとした時、先程の無愛想なボーイが放り投げるようにマトンカレーを置いていった。経験したことのないような複雑な香辛料の臭いが鼻をくすぐる。

「・・・」

これも一つの縁だろう。

 

 インド人たちを真似てチャパティを右手でちぎってみたが、彼らのようなわけにはいかない。やむなく左手の助けを借り、カレーに浸してまず一口パクリ・・・変な味がする。自分の舌が想像していた味とは違う。しかしそう辛くはない。今度はライスにかけて手で摘む。やはり変な味がしてうまくはない。と言うよりまずい。この時、私の目頭からじわりと汗が吹き出し、胃がカッカと燃え上がってきた。

本場の辛さを実感している間に私のマトンカレーをめがけて蠅が来襲してきた。慌てて手で追い払い、チャパティで肉片を摘んで一気に食らいつく。肉に染み込んだ独特の香辛料が口中に広がり気持ち悪くなった。ため息をつき手を休めると再び蠅の襲来、それを追い払う手は、しかしライスにもチャパティにも伸びていかない。こんな筈はない。喰うことも稽古だと鎮西時代に鍛えた胃袋が、たかが一杯のカレーも食うことが出来ないのか・・・これではいけない、もう一度チャレンジしなければ!そう思い返した時には既に皿は蠅で黒だかりになっている。私にはもうそれを追い払う気力は残ってはいなかった。

(きっとこの店のカレーがまずいだけなのだろう)

私はその後、宿の連中がうまいと噂をしている店にも何軒か足を運んでみたが、結果は同じであった。

 


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挫 折

乞食というと皆さんは暗い悲惨なイメージをお持ちかも知れないが、インドの現実はちょっと違う。彼らは仕事がなくて乞食をするのではなく、乞食が職業なのである。先ず、そんな彼らの情報網には驚かざるを得ない。

例えば、どこかの街角で一人の乞食に小銭を出すと、どこのホテルに宿泊しているジャパニは金払いがいいという情報がたちどころに拡がってしまうらしい。翌日になると必ず別の乞食がやってきて「昨日どこで何ルピー払っただろ。それならばおいらにも恵んでくれてもいいじゃないか」と、わけが分からない論法でまくしたてる。「分かった、またね」などと適当にあしらうと、その言葉は質に次の日、また次の日と仲間の乞食が取り立てにやってくる。私はインターネットを普及させたのは彼らだと信じて疑わない。

彼らは同情を買うための労力は決して厭わない。乳飲み子に空の哺乳壜をくわえさせたり、寝たきりの老人を路上に連れ出したり、裸足の子供が愛嬌を振りまいたり。インドに来てまだ日も浅い私などは、道端でこれらの人たちとちょっとでも目を合わそうものならば、何分か後には必ず幾らかのお金を払わせられている。プロのプロたる所以なのだろう。そして出したお金が少ないと彼らは必ずクレームを付ける。一流のパフォーマンスに対してギャラが少なすぎるというわけだ。

このような乞食や物売り、もの買いのしたたかな生き様に毎日接するうちに、私のパワーは日に日に吸い取られていった。言葉もろくにしゃべれない自分、カレーすら満足に食べられない自分が果たしてこの町に存在している意味があるのだろうか。

一日のうちにホテルを出る回数は次第に少なくなりたまにバザールに出掛けてはパンやマンゴーなどの果物を買い求め、部屋で喰った。そのマンゴーを冷やした氷の入ったバケツに足を突っ込んで涼むことくらいしか今の私の楽しみはない。

パンと果物にも飽きた私は中華料理屋に足を運ぶようになった。カルカッタには中国系インド人が多いせいか中華の店が数多くある。焼きそば、チャーハン、餃子、しかし私にとってそれは中華というよりも日本の味だ。これでは何のためにインドに来たかわからない。もっと他のところも見てまわれなければ・・・そう思いつつもホテルと中華料理屋の往復が続いた。

6月はスコールの時期、鉛色の雲が太陽を覆い隠すと昼が夜に変わり、やがて空からパチンコ玉のような大粒の雨が流れ落ちてくる。あたりはこのままこの世が終わるんじゃないかと思えるような激しい轟音に包まれる。雨は長くても1時間ほどで降り止むが、排水の悪いカルカッタの町では道路が川になり高台の方からゴミや椰子の殻に混じって、牛の糞、ネズミの死骸などが流れてくる。悪臭が立ちこめる中、近所の子供達が裸になりぱしゃぱしゃと水遊びを始める。わずか5日目にして、私はこの町を出ようと決心した。

 

 


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埴輪男、現る

 

「デリーなら近代的でまだここよりも暮らしやすいよ」

サルベーションアーミーのイギリス人旅行者からアドバイスを受けた。彼は暗に、インド初心者の君がこのサダルストリートで暮らすなんて10年早いんじゃないとでも言いたげであった。

次の日、荷物をまとめてハウラー駅行きのバスを待った。

(いつまでもこんなところにいたって仕方がない)

その時である。

「あなた、ジュードー?カラテ?」

後ろから突然見知らぬ男が声を掛けてきた。振り向くと埴輪みたいな顔をした小柄な中国系インド人が立っている。一瞬どうしてこの男の口から柔道や空手という言葉が発せられたのか疑問に思ったが、日の丸を縫いつけたリュックに虫よけように持ってきた柔道衣を乗せて歩いていれば誰にでも分かることであった。

「ブラックベルトですか?」

ほほう、黒帯のことまで知っているとは・・・こいつひょっとして柔道をやっているのかな?

「イエス、ブラックベルト、でもロング、タイム、アゴー(ずっと前のこと)」

現役を離れて既に8年おいそれと黒帯ですとも言い張れない。ところが埴輪男の反応は異常だった。

「オー、ジャパニ、ブラックベルト!」

急に私の手を握り、これから一緒に来て欲しいところがあるとせがみだした。これからと言われても私はカルカッタを離れる身、そういうわけにはいかない。

「ワタシはトニー・リーといいます。カルカッタ・ジュードークラブのコーチをやってます。ジャパニ・ブラックベルトに見て欲しい」

カルカッタ柔道クラブ?そんなものがあったのか。それならちょっと見てみたい気もする。

(いや、待てよ!)

これは罠かも知れない。ジュードークラブという言葉で私を連れ出し、何かを買わせるか騙し取るつもりではないだろうか。

私はここのところすっかりインド人不信に陥っていた。例えば買い物一つ取ってみても定価がない。そもそも客の身なりによって最初から言い値が違うのである。こっちがうまく交渉したつもりでも必ず高い買い物をさせられている。ましてこのような路上で声を掛けられて、いいことなどは一度もなかった。トニー・リーとかいうこの男も中国系とはいえ立派なインド人、油断大敵だ。

「ノー!」

私はハッキリ言った。男はシュンとなった。なにもここまで頑なに断ることもなかったか・・・行ってみて嘘だったら、さっさと帰ってくれば済むことだし、ひょっとして本当に柔道クラブがあるのかも知れない。

「あなたのホテルどこですか?」

男は意外なことを聞いてきた。

「トモロー、ジュードー、トーナメントあります。ワタシ、アナタを迎えに行きます」

トニー・リーの右耳が潰れているのを発見したのはこの時だった。

 

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